心に響いた言葉(仕事に行き詰まった時)
①めったにない、そうそう起こらない中で起こったから 「ありがたい」 のか。
②この世界は豊穣の世界で、あなたにとって良いことが起こって 「当たり前」 という前提の中で、そうではあっても実際に目にすると 「ありがとう」 という気持ちがこみ上げてくるのか。
①のケースでの感謝が、この世界には多い。掃いて捨てるほどある。
表面的には 「感謝」 でも、皮肉にもそれが 「欠乏ワールド」 を強化している。
健康で、感謝。(周りには病気の人も多いのに)
裕福で、感謝。(周りにはもっとお金に困っている人もいるのに)
子どもに、感謝。(周りには子供が欲しくてももてない人もいるのに)
平和に感謝。(外国では戦争していて、ミサイルが飛び交っている所もあるのに)
こんな調子の感謝こそが、あなたの 「裏ホンネ」 を強化しー
欠乏ワールドが存続されるのに、一役買っている。
だから、私がする感謝は、②である。
この世界は、私のためにある。もっと言うなら、私自身が創った。
だから、すべては起こるべくして起こり、私に意地悪するものは何もない。
ただ、エゴという曲者が、幻想としての個という一面的な視点から、都合の良し悪しや自分にとっての善悪をジャッジする。このことが整理できていないと、②の感謝はできない。
この世界がどんな見え方をしようと、すべては、私の味方。私のもの。
このように、「悪いこと、不都合なこと、イヤなことがフツーに多いこの世の中で、キラッと輝く良いことがあって、そのコントラストがまぶしいので、際立って感謝したくなる」 というのが、従来のパターンの感謝だが…
すべてはどう見えようとも、宇宙は常に最善に動いている。
どう見えようとも、豊穣の世界以外の何者でもない。
だから、本来すべてが感謝で 「当たり前」 なのだけれどー
今ここにおいて実際に素敵な物事を見ると、やはり感情の流れは自然なものとして抑えられないのでー
ありがとう、と思うのである。